「パラオ」と「北原尾」

太平洋上にある南国「パラオ共和国」。
日本の東北地方、宮城県蔵王町にある一集落「北原尾(キタハラオ)」。
南国と北国。はるか遠く離れた地域。
戦後、この2つの地域の間には繋がりができました。
先日のニュースのこと、
戦後70年の節目に、天皇皇后両陛下が太平洋の南洋群島にある国「パラオ」を公式訪問されていました。
太平洋戦争の最中、パラオにおいても激戦が繰り広げられました。
やがて、戦争が終結し、
日本からパラオへ移住していた住民の皆さんが、日本へ引き揚げてくることになりました。
パラオなどからの引き揚げ者の35世帯が、蔵王町のこの地域に入植しました。
その昔、近くの遠刈田温泉街の中心地から離れた、
この地域には自然の栗林や森林が一面に広がっていたそうです。
入植した皆さんが協力して、その頃は機械が無かったので、手で木を掘り起こし、
森林を切り開いたそうです。
厳しい自然環境の中で開拓を続けて、
現在では県内有数の酪農地帯として今日に至っております。
後に、入植者の方が南洋のパラオを決して忘れることが無いように、
「北パラオ」の意味を込めて、「北原尾」と地区名を命名したそうです。
平成23年10月1日建立。
現在、「北原尾」集落の入り口には開拓記念碑が建立されています。
「パラオ」と「北原尾」。
名前が縁で、
2001年には「トミー・レメンゲサウ・ジュニア」元大統領(当時)も来町され
2014年の昨春に当時の「フランシス・マリウル・マツタロウ」駐日本パラオ特命全権大使閣下がお越しになり、
パラオからの入植者やその子孫の皆さんと交流を深めました。
現在、「パラオ共和国」と「蔵王町」との国際交流が続いています。
リンク元:「広報ざおう 2014年6月号」より
http://www.town.zao.miyagi.jp/koho/1406/kouhouzao596_parao.htm
リンク元:「パラオ大使館HP 宮城県蔵王町訪問」より
http://palauembassy.or.jp/blog/2014/07/visit-to-zao-town/#.VSjQp9ysWCo
先日の河北新報においても、
「パラオ」と「北原尾」の記事が紹介されています。ぜひご一読ください。
http://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201504/20150407_13011.html
リンク元:「<戦後70年>『北のパラオ』開拓 感慨去来」[河北新報 朝刊 2015年4月7日 火曜日 付] より
「北のパラオ」がある宮城県蔵王町にも、
どうぞお越しくださいませ。

北原尾 夏
写真:宮城県蔵王町遠刈田温泉 「北原尾」地区

太平洋上にある南国「パラオ共和国」。
日本の東北地方、宮城県蔵王町にある一集落「北原尾(キタハラオ)」。

南国と北国。はるか遠く離れた地域。
戦後、この2つの地域の間には繋がりができました。

先日のニュースのこと、戦後70年の節目に、
天皇皇后両陛下が太平洋の南洋群島にある国「パラオ」を公式訪問されていました。

太平洋戦争の最中、パラオにおいても激戦が繰り広げられました。
やがて戦争が終結し、日本からパラオへ移住していた住民の皆さんが日本へ引き揚げてくることになりました。

パラオなどからの引き揚げ者の35世帯が、蔵王町のこの地域に入植しました。
その昔、遠刈田温泉街の中心地から離れた、
この地域には自然の栗林や森林が一面に広がっていたそうです。
入植した皆さんが協力し、その頃は機械が無かったので、
手で木を掘り起こし、森林を切り開いたそうです。
厳しい自然環境の中で開拓を続けて、
県内有数の酪農地帯として今日に至っております。

1946年
3月 ・・・パラオからの引き揚げ第1陣38人が到着
5月 ・・・第二陣が到着。
笹小屋6棟を建て、29戸が定着するが、栗の大木や雑木林が密集し、手作業で開拓。
焼き畑で大豆、小麦などを栽培。

50年
11月 ・・・最寄の小学校、遠刈田小学校七日原分校が開校。(児童数減少で72年に廃校)
52年
6月 ・・・電気が通り、ランプから電気生活に移行
53~54年 ・・・冷害で農作物の収穫がほとんど無く、乳牛を飼育し、酪農へ転換を図る。「酪農の北原尾」と呼ばれるようになり、養鶏も順調に拡大。
65年以降、大根栽培も始まる。
61年 ・・・全戸に簡易水道が敷設される。

2001年 ・・・ゆかりを知った、レメンゲサウ 現 パラオ大統領が訪問。
2014年 ・・・フランシス・マツタロウ駐日大使が訪問。

後に、入植者の方が南洋のパラオを決して忘れることが無いように、
「北パラオ」の意味を込めて、「北原尾」と地区名を命名したそうです。

北原尾の開墾碑
写真:開拓記念碑※写真右
平成23年10月1日建立。

現在、「北原尾」集落の入り口には開拓記念碑が建立されています。

「パラオ」と「北原尾」。

名前が縁で、2001年には「トミー・レメンゲサウ・ジュニア」元大統領(当時)も来町され、
昨春(2014年)に「フランシス・マリウル・マツタロウ」駐日本パラオ特命全権大使閣下(当時)がお越しになり、
パラオからの入植者やその子孫の皆さんと交流を深めました。
現在、「パラオ共和国」と「蔵王町」との国際交流が続いています。
リンク元:「広報ざおう 2014年6月号」より

「パラオ」と「北原尾」の繋がりについては、
先日の河北新報に「パラオ」と「北原尾」の記事でもご紹介されています。
ぜひご一読ください。
リンク先:「<戦後70年>『北のパラオ』開拓 感慨去来」[河北新報 朝刊 2015年4月7日]より

「北のパラオ」がある、宮城県蔵王町にもどうぞお越しくださいませ。