平泉世界遺産登録記念! 奥州藤原氏ゆかりの地が蔵王にも! その5

白九頭龍古墳

 

 

 

 

 

 

岩手県の平泉が世界文化遺産に登録されたのを記念(便乗?)して、蔵王町内にある奥州藤原氏ゆかりのスポットをご紹介しています。

第4回はこちら:http://www.zao-machi.com/9684

 

最終回の今回は、曲竹地区にある白九頭龍古墳を紹介します。

 

時は鎌倉時代が始まる、ちょっとだけ前の1189年。

 

平家を滅ぼし、かつ弟・義経も間接的に亡き者とした源頼朝は、その義経を滅ぼした最後の対抗勢力・奥州藤原氏を滅ぼす戦を起しました。

 

これは「奥州征伐」とも「文治の役」とも呼ばれる、鎌倉幕府の支配体制を固める総仕上げの戦でした。
これに対して藤原氏は、国見(現在の福島県国見町)の厚保樫山(あつかしやま)に防塁を築き、当主・泰衡の異母兄、国衡を総大将として兵二万騎をもって迎え撃つも、わずか1日で敗退。

 

退却を余儀なくされた国衡は、笹谷峠を越えて出羽へと逃れようとしたものの、柴田郡大高山神社(現在の大河原町)付近の深田にはまり込んだところを討たれてしまいました。

 
国衡の首は頼朝の元に送られ、胴は打ち捨てられましたが、藤原氏を慕う領民たちによって、 松川河畔の小丘に葬られました。

 

その後、この丘上に祠が営まれました。祠は「白崩叢祠(しろくずれぞうし。城崩と書くこともあったようです)」と呼ばれていましたが、

 

江戸中期には「白九頭龍大明神社」と改められ、今に至るも地元の人々によって手厚く祀られています。

 

なお、この小丘は円墳といわれており、藤原氏の終焉を物語る遺構「白九頭龍古墳」として蔵王町指定文化財となっています。

以上、5回にわたり、奥州藤原氏に関する蔵王町内の史跡などを紹介してきました。

 

案外、歴史的にも興味深いものがある蔵王町。

 

それを知ってから来たり、実際に見てみるとまた違った楽しさがあるかもしれませんよ。

 

基本情報

白九頭龍古墳
住所:蔵王町大字曲竹字明神河原3-1