こどものぺーじ
 このページは小学校の社会勉強に役立つ、蔵王町についてのあれこれを説明しています。知りたいことが書い ていなかったり、もっといろいろ聞いてみたときはメールやお手紙で質問してくださいね
 このぺーじはしょうがっこうのしゃかいべんきょうにやくだつ、ざおうまちについてのあれこれをせつめいしていま す。しりたいことがかいていなかったり、もっといろいろきいてみたいときはめーるやおてがみでしつもんしてくだ さいね
   
 

蔵王町の誕生 ざおうまちのたんじょう
蔵王町は昭和30年、宮村と円田村が合併して誕生しました。蔵王連峰の名前にちなんで、「蔵王町(ざおうまち)」と名前がつきました。
ざおうまちはしょうわ30ねん、みやむらとえんだむらががっぺいしてたんじょうしました。ざおうれんぽうのなまえにちなんで「ざおうまち」となまえがつきました。 
蔵王町地形 ざおうまちのちけい
町の約6割が山林・原野でしめられていて、町の中央には「松川」という川が流れています。
まちのやく6わりがさんりん・げんやでしめられていて、まちのちゅうおうには「まつかわ」というかわがながれています。
蔵王町章 ざおうちょうしょう
蔵王町の町章は「ざおう」の「ざ」の字を図案化したもので、蔵王連峰を象徴する山の形と、町の特産品「もも」の形を表しています。
ざおうまちのちょうしょうは「ざおう」の「ざ」のじをずあんかしたもので、ざおうれんぽうをしょうちょうするやまのかたちと、まちのとくさんひん「もも」のかたちをあらわしています。
町の木 五葉松(ごようまつ)
自然を大切にする心を育て、五つの地区が手を取り力を合わせ、どんな風雪にも毅然と立ち向かう強い町民性と、限りない前進を象徴するものです。
しぜんをたいせつにするこころをそだて、いつつのちくがてをとりちからをあわせ、どんなふうせつにもきぜんとたちむかうつよいちょうみんせいと、かぎりないぜんしんをしょうちょうするものです。
町の ももの花(もものはな)
ももは町の代表的産物のひとつで、農業を主な産業に理想的な住みよい町づくりをめざす象徴です。
ももはまちのだいひょうてきさんぶつのひとつで、のうぎょうをおもなさんぎょうにりそうてきなすみよいまちづくりをめざすしょうちょうです。
町の人口 まちのじんこう  
約13500人で、4200世帯あります。
やく13500にんで、4200せたいあります。
町の特産物 まちのとくさんぶつ 
(なし)

宮城県内のほぼ半分の生産量を蔵王町で作っています。収穫時期には梨狩りを楽しむこともできます。
みやぎけんないのほぼはんぶんのせいさんりょうをざおうまちでつくっています。しゅうかくじきにはなしがりをたのしむこともできます。
高原大根(こうげんだいこん)

蔵王町七日原地区で生産されています。火山灰質の畑で作るので、やわらくてあまいのが特徴。
ざおうまちなのかはらちくでせいさんされています。かざんばいしつのはたけでつくるので、やわらかくてあまいのがとくちょう。
蔵王チーズ(ざおうちーず)

蔵王の自然で育った牛の乳からおいしいチーズができあがります。普通のチーズのほかに、クリームチーズや、チーズドリンクなども人気です。
ざおうのしぜんでそだったうしのちちからおいしいちーずができあがります。ふつうのちーずのほかに、くりーむりーずや、ちーずどりんくなどもにんきです。
遠刈田伝統こけし(とおがったでんとうこけし)

こけしは東北地方にだけ育った木地玩具で、11系統の種類があります。そのなかの一つ遠刈田こけしの特徴は、頭が大きく、頭の上に赤い放射線状の模様と、胴体に重ね菊の模様があることです。
こけしはとうほくちほうにだけそだったきじがんぐで、11けいとうのしゅるいがあります。そのなかのひとつとおがったこけしのとくちょうは、あたまがおおきく、あたまのうえにあかいほうしゃせんのもようと、どうたいにかさねきくのもようがあることです。
 
  ざおうまちのぶんか・でんとう
蔵王の文化財 ざおうまちのぶんかざい
我妻家住宅(あがつまけじゅうたく)
我妻家住宅は、宝暦3年(1753年)、江戸時代の中ごろに建てられました。現代に残された貴重なかやぶき住宅として、昭和46年に国の重要文化財に指定されています。
あがつまけじゅうたくは、ほうれき3ねん(1753ねん)、えどじだいのなかごろにたてられました。げんだいにのこされたきちょうなかやぶきじゅうたくとして、しょうわ46ねんにくにのじゅうようぶんかざいにしていされています。
丈六阿弥陀如来坐像(じょうろくあみだにょらいざぞう)
蔵王町平沢地区にあるお寺にまつられています。高さ2メートル80センチの大きな仏像で、おっとりとしたおだやかな表情を見せています。昭和49年に宮城県指定有形文化財に指定されました。
ざおうまちひらさわちくにあるおてらにまつられています。たかさ2めーとる80せんちのおおきなぶつぞうで、おっとりとしたおだやかなひょうじょうをみせています。しょうわ49ねんにみやぎけnしていゆうけいぶんかざいにしていされました。
 
  ざおうまちのかんこう
観光名所 かんこうめいしょ
お釜(おかま)
釜の形に似ているので「お釜」という名前になりました。お釜の水は強い酸性なので、生物は住むことができません。水の色は太陽の角度・季節・時間・天気によって変わるために「五色沼」ともいわれています。
かまのかたちににているので「おかま」というなまえになりました。おかまのみずはつよいさんせいなので、せいぶつはすみことができません。みずのいろはたいようのかくど・きせつ・じかん・てんきによってかわるために「ごしきぬま」ともいわれています。
こけし館(こけし館)
全国のこけし5000点を展示してるほか、工人によるこけし制作の様子を見学できます。自分でこけしの絵を書く「こけし絵付け体験」もあります。
ぜんこくのこけし5000てんをてんじしてるほか、こうじんによるこけしせいさくのようすをけんがくできます。じぶんでこけしのえをかく「こけしえづけたいけん」もあります。

蔵王エコーライン(ざおうえこーらいん)
宮城県と山形県をつなぐ山岳道路。冬の期間は雪の為通行止になります。春は雪の壁、夏は新緑、秋は紅葉と多くの観光客が訪れます。
みやぎけんとやまがたけんをつなぐさんがくどうろ。ふゆのきかんはゆきのためつうこうどめになります。はるはゆきのかべ、なつはしんりょく、あきはこうようとおおくのかんこうきゃくがおとずれます。
三階滝(さんかいたき)
日本の滝百選に選ばれた滝。高さ181メートルで、三段に滝が落下するので「三階滝」と名前がつけられました。
にほんのたきひゃくせんにえらばれたたき。たかさ181めーとるで、さんだんにたきがらっかするので「さんかいたき」となまえがつけられました。


スキー場 すきーじょう
えぼしスキー場(えぼしすきーじょう)
宮城県の中にあるスキー場の中で、一番大きなスキー場です。冬のスキーのほかにも、春はすいせんまつり、夏は登山、秋は芋煮会などと一年中遊ぶことができます。
みやぎけんのなかにあるすきーじょうのなかで、いちばんおおきなすきーじょうです。ふゆのすきーのほかにも、はるはすいせんまつり、なつはとざん、あきはいもにかいなどといちねんじゅうあそぶことができます。
すみかわスノーパーク(すみかわすのーぱーく)
日本で一番最初にスノーボードを滑らせたスキー場です。スキーの他に雪上車で樹氷見学に行くことができます。樹氷の間をスキーで滑ることもできます。
にほんでいちばんさいしょにすのーぼーどをすべらせたすきーじょうです。すきーのほかにせつじょうしゃでじゅひょうけんがくにいくことができます。じゅひょうのあいだをすきーですべることもできます。
温泉 おんせん
遠刈田温泉(とおがったおんせん)
昔は「湯刈田」とも言われました。鎌倉時代に金売橘次によって発見されたという伝説が残っています。現在は2軒の共同浴場のほかに、50軒の宿泊施設があります。
むかしは「とほがった」ともいわれました。かまくらじだいにかねうりきちじによってはっけんされたというでんせつがのこっています。げんざいは2けんのきょうどうよくじょうのほかに、50けんのしゅくはくしせつがあります。

  ざおうまちのでんせつ
ウナギとカニの争い うなぎとかにのあらそい 
昔、蔵王町にある三階滝には大きいカニが棲んでいました。体が大きいため、自分の滝だけでは狭くなってきたので、隣りの不動滝を自分のものにできないかと考えました。ところが、不動滝には大きいウナギが棲んでおりました。カニはウナギに不動滝をかけて腕くらべをやろうと戦いを申し込みました。戦いの末、カニはウナギの体を3つにちょんぎってしまいました。ウナギの尾っぽは遠刈田温泉へ飛ばされました。こんなことから、遠刈田温泉は腰の痛みや子どもに恵まれる温泉になったということです。
むかし、ざおうまちにあるさんかいたきにはおおきいかにがすんでいました。からだがおおきいため、じぶんのたきだけではせまくなってきたので、となりのふどうたきをじぶんのものにできないかとかんがえました。ところが、ふどうたきにはおおきいうなぎがすんでおりました。かにはうなぎにふどうたきをかけてうでくらべをやろうとたたかいをもうしこみました。たたかいのすえ、かにはうなぎのからだを3つにちょんぎってしまいました。うなぎのおっぽはとおがったおんせんへとばされました。こんなことから、とおがったおんせんはこしのいたみやこどもにめぐまれるおんせんになったということです。
根返しの桜 ねがえしのさくら
昔、源頼朝(みなもとのよりとも)軍が戦いに行く途中、今の蔵王町を通りました。荷物は牛に背負わせていたのですが、牛が力尽きてしまい、そこで倒れて死んでしまいました。兵士は死んだ牛を葬り、その上に山桜を植えて供養したという伝説がある桜です。
むかし、みなもとのよりともぐんがたたかいにいくとちゅう、いまのざおうまちをとおりました。にもつはうしにせおわせていたのですが、うしがちからつきてしまい、そこでたおれてしんでしまいました。へいしはしんだうしをほうむり、そのうえにやまざくらをうえてくようしたというでんせつがあるさくさです。
 
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